日本のリーダー必読の書「中朝事実」
皆様 

 間もなく忠臣蔵が話題となる12月となります。なぜ浅野内匠頭が刃傷におよんだのか何か隠された事情があるように思われてなりません。幼少の折から山鹿素行に師事していた浅野長矩と幕府の御用学者吉良義央との間に皇室と幕府の問題で大きな意見の差異があり、それが引き金となりあの事件になったのではないかと思います。 

 それはさておき日本は現在、TPP参加を巡って国論が二分され大変な状況です。こんな時こそ昔の賢人の言に耳を傾けるべきではないかと思います。その一つに山鹿素行の「中朝事実」があります。「中朝事実」は簡単に手に入りませんが、その解説本はいくつか出ています。日本の政治家、学者などリーダーには是非読んで頂き、日本を誤りなき未来へ導いてもらいたいと切に願うものです。そんな思いを書いて見ましたのでご高覧下さい。 

 大谷 和正 

【日本のリーダー必読の書「中朝事実」】(UNK通信 H23.11.24) 

▼「中朝事実」を著した山鹿素行 

 山鹿素行は浪人の山鹿貞以を父に現在の会津若松に生まれた。寛永5年(1628年)6歳で江戸に出る。寛永7年、9歳のとき大学頭を務めていた林羅山の門下に入り朱子学を学び、15歳からは小幡景憲、北条氏長の下で軍学を、廣田坦斎らに神道を、それ以外にも歌学など様々な学問を学んだ。特に漢学においては15歳で既に一家をなしており、将軍家光にその才を認められ登用の話があったが家光の死去により叶わなかった。各藩から召抱えの話が出たがこれを固辞していた。しかし「人生意気に感ず」として千石で赤穂藩主浅野長友に仕えることとなり、約9年間赤穂藩で文武両道を藩士に教えた。39歳の時、致仕して江戸へ戻った。 

 44歳の時、「聖教要録」を著し朱子学を批判した。朱子学は江戸幕府の公認の学問であり、これに反したということで赤穂藩へお預けの身となった。赤穂藩は幕府に遠慮せず大石内蔵助をはじめ藩士の教育を素行に依頼したのである。54歳の時、許されて江戸へ戻り64歳で亡くなるまで積徳堂で弟子を指導した。素行6世の孫、山鹿素水の門から吉田松陰が出ており、素行の教えは後世の日本に大きな影響を与えている。赤穂蟄居の折、著したのが「中朝事実」である。本書を著すことにより素行自身、日本的自覚に達し日本精神を以て一切の指導原理とする信念を確立したという。 

▼乃木将軍と「中朝事実」 

 日露戦争の英雄乃木大将は「中朝事実」を座右の書とし、山鹿素行を終生の師として仰慕していたという。明治45年7月30日、明治天皇が崩御され、大正元年9月13日に御大喪が行われることとなった。その二日前、学習院院長であった乃木大将は皇太子殿下(後の昭和天皇)の御殿に伺候し、永のお暇乞いの際、本書を献上し本書を熟読されんことを言上したという。殿下は「院長先生はどこへ行かれるのか」と訝られたとのことであるが、後に本書が昭和天皇に大きな影響を与えたことは間違いないであろう。 

 昭和59年は天皇・皇后のご成婚60年の目出度い年であったが、この年の正月に日本橋三越本店で産経新聞社主催の「天皇」展が開催された。その展示物の中に乃木大将が献上した本書上下2冊があった。このことが切っ掛けとなり山鹿素行生誕300年を記念し「中朝事実」の復刻出版が実現したという。現在本書は手に入り難く公立の図書館にもあまりないようである。現在の難しい時代に本書の復刻解説本が出て多くの日本人が読めば日本の進むべき道が見えてくるのではないかと思う。 

▼「中朝事実」で示された思想 

 江戸時代の初期、儒学が流行しシナのものは何でも優れ日本のものは劣る、というシナかぶれの風潮があった。また、儒教的世界観では、シナ帝国が周辺の野蛮人の国よりも勢力も強く、倫理的にも優れるという中華思想が根本にあった。素行はこの書で、この中華思想に反論した。当時シナは漢民族の明朝が滅んで、万里の長城の北の野蛮人の満州族が皇帝の清朝となっていた。また歴史を見ると、シナでは王朝が何度も替わり家臣が君主を弑することが何回も行われている。シナは国力が強くもなく、君臣の義が守られてもいない。これに対し日本は、外国に支配されたことがなく、万世一系の天皇が支配して君臣の義が守られている。シナは中華ではなく、日本こそが中朝(中華)であるという素行の思想が、この書の主張である。 

▼TPPと「中朝事実」 

 TPP交渉参加を巡り、今、日本は大騒ぎである。戦後日本はアメリカ一辺倒で今日まで来ている。素行の生きた江戸時代のシナへの傾倒と同じ構図である。アメリカのやり方が正しく、これに従わないと世界の流れから取り残されてしまうという強迫観念が支配的である。戦後続いた自民党政権はアメリカのいうように構造改革・規制緩和をして市場を開放し、金融を自由化し開国してきたが、日本は良くなってきたのであろうか。GDPで見ると日本はここ十数年伸び悩んでいる。しかし世界の主要国は殆どGDPを大きく伸ばしてきた事実がある。TPP賛成派はこの事実をどのように説明するのであろうか。 

 経済活動とはデリケートなものでその国の固有の条件、さらに伝統・文化に密接な関係がある。関税を自由化することは必ずしも正しいことではない。関税自主権はある意味で国柄を守る為必要なものである。十数年前大店法が成立、日本の商店街の風景が変わってしまったのは記憶に新しい。今回のTPPでは労働、投資、金融、農業、医療、公共事業といったものもすべて自由競争にすべしとアメリカは主張している。しかし人間の社会生活に密接に関連した特異な分野は自由な市場取引にゆだねるべきではないし、アメリカ型の自由競争万能主義が正しいとは言えない。日本型の節度ある自由競争こそ世界に広めねばならない。山鹿素行の「中朝事実」の思想に日本は立ち戻り、日本が本来持っている素晴らしいところを見直し、良いと思えば自信を以て世界に向かって主張しなければならないと考えるが如何であろうか。 

(文責 大谷)

2007/5/26