著者挨拶
図解 孫子兵法 完勝の原理・原則 

 いつもお世話になっております。日本兵法研究会 会長の家村和幸です。この度、並木書房から『図解 孫子兵法 完勝の原理・原則』を上梓いたしました。本書は、「今から二千五百年前に書かれた『孫子兵法』(以下『孫子』とする)が、日本において古くから武士の教養書とされ、さらに時代を超えて読み継がれているのはなぜか?」という疑問に答えるため、「孫子十三篇」を徹底的に図上に展開して分析し、その成果を戦史上の事例などを提示しながら分かりやすく解説したものです。それゆえ、本書は、これまで世に出されてきた数多の『孫子』に関する書物とは、次の四点において全く異なる「斬新」な構成・内容となっております。 

  その1 『孫子』の「真髄」を日本武人の視点から解釈 

 本書では、読み下し文や解釈の多くを、江戸時代における最も優れた兵法家にして、山鹿流兵法の祖である山鹿素行先生の『孫子諺義』から引用しています。『中朝事実』の著者として、シナと日本の本質的な違いを誰よりもよく理解していた素行先生であればこそ、孫子兵法の「神髄」を見極めることができたであろうという考えからです。そして、その時代背景を理解するため、『孫子』が、いつ、どのようにして日本に入ってきたのか、それが日本にいかなる影響を及ぼしたのか、について歴史的に解説しています。また、『孫子』が武士の基本的な教養書とされ、その思考や行動の根底を為したことの一例として、幕末の天才的兵法家・吉田松陰のエピソードを紹介しています。 

その2 兵法とは何かを理解し、戦略・戦術的視点から『孫子』を解説 

 本書の冒頭では、『孫子』の全体構成や各篇の概要を紹介しながら、戦略・戦術および兵法とは何か、「戦略的思考」とはどのようなものか、について解説し、現代における組織や業務に活かすためのポイントを提示しています。また、これまで難解とされてきた『孫子』の記述箇所も、戦略的視点と戦術的視点から「複眼的」に分析することで、矛盾することなく解釈しています。 

その3 各篇別(横軸)と「敵・己・地天を知る」のテーマ別(縦軸)で立体的に読む 

 まず、『孫子』第一篇「始計」から第十三篇「用間」までの全十三篇を、各篇ごとに「概要」「原文(読み下し文)」「現代語訳」「解説」の順で理解を深め、次に『孫子』全十三篇を総括し、「敵を知る」「己を知る」「地を知り、天を知る」それぞれが意味するものは何か、について論じています。 

その4 オリジナル『竹簡本』と再編纂された『魏武注本』を同時・対比的に読む 

『孫子』には、春秋時代に孫武によって書かれ、秦の始皇帝による焚書坑儒でいったんは消失した『竹簡本』と、のちに魏の武帝(曹操)が残存していた竹簡の欠片を元に再編纂し、注を加えた『魏武注本』があり、それぞれに異なる記述が見られます。本書では、こうした部分はどちらの記述も取り入れて併記しながら、その前提の違いなどをわかりやすく解説しています。 

 優れた戦いの理論書『孫子』は、古今東西の武将たちの用兵思想や統帥に多大な影響を与えてきましたが、本家本元のシナでは、文と武を切り離し、全ての戦いを「詭道」として権謀術数を奨励するものと解釈されがちでした。しかし、「清く直く明けき心」を根本としつつ「剛毅」と「真鋭」の精神に満ち溢れた日本の武人は、本来の精神的な崇高さや美徳を損なうことなく、日本古来の「武」の知恵と「和」の精神に基づく「文武一元」で、『孫子』を読み解くことができたのです。 

 本書を一人でも多くの方にお読みいただければ、幸甚です。

2016/9/12